2023年7月28日金曜日

隣接代数と多項式環

概要: 前回多項式の積を余代数から定義するということをしたが、その余代数の出所はどこだ、というような話。 自然数は加法モノイドであるだけでなく、順序集合である、ということが大事なのではないか。

局所有限な半順序集合(poset) \(P\) に対し、その区間(interval)を \([x, y]\) のように書く。 局所有限とは、\(x \leq y\) なる2元が何であっても \(x \leq z \leq y\) となる \(z\) は有限個しかない、という条件である。 体 \(K\) を固定して、\(P\) の区間を基底にした線型空間 \(I_P\) を考える。 \(I_P\) に余乗法(comultiplication) \(\Delta\) を \[\Delta ([x, y]) = \sum_{z \in [x, y]} [x, z]\otimes [z, y]\] で定義する。余単位 \(\epsilon\) は \([x, x]\) に対して \(1\)、それ以外で \(0\)となる関数とする。 これによって \(I_P\) は余代数となる。

この余代数に対して、双対空間を代数にするために、前回やった積の \(m_K \circ (f \otimes g) \circ \Delta\) という作り方を踏襲すると \[ (fg)([x, y]) = \sum_{z \in [x, y]}f([x, z]) g([z, y])\] という形で双対空間 \(I_P^*\) が代数になるが、これを \(P\) の隣接代数(incidence algebra)という。 ζ関数とかメビウス関数とかを定義して poset に関する議論をするために使うものだ。 そうそう、積の単位元はδ関数(1点からなる区間で 1、 それ以外で 0 となる関数)だ。

モノイドの構造と両立する順序構造を備えたものを順序モノイドという。 ねじれのない(torsion-free)消去的可換モノイドには全順序が入れられる。 多項式を考えるためには \(\mathbb{N}\) や \(\mathbb{N}^n\) などを考える。 後者に全順序が入るのも大事ではあるのだがいったん忘れて、\(\mathbb{N}\) の直積順序である半順序だけ考えることにする。

これら(以降 \(M\) と書こう)は局所有限な半順序集合なので、上の半順序集合に対する余代数(や隣接代数)の一般的な構成がそのまま使える。 \(I_M\) を区間の余代数とする。 ここから \(M\) の区間を \(M\) の元で置き換える。 すなわち \([x,y]\) を \(y-x\) で置き換える。 モノイドで引き算はちょっとおかしい感じもするが、いわゆる自然数の引き算で、大きいものから小さいものを引く状況しか現れないので大丈夫である。 それに応じて余乗法(comultiplication) \(\Delta\) も \[\Delta (y - x) = \sum_{z \in [x, y]} (z - x)\otimes(y - z) = \sum_{t + u = y - x} t \otimes u\] に変える。余単位 \(\epsilon\) は \(0\) に対して \(1\)、それ以外で \(0\)となる関数とする。 このようにして、\(M\) 自体を基底にした線型空間 \(V_M\) が余代数の構造を持つ。 これで前回の話に合流して多項式環が定義できたことになる。

区間を潰してしまうこのやり口は、古典的な数論的メビウス関数を隣接代数から復元するときと同じようなものである。 メビウス関数の場合は整除関係を順序とした乗法モノイド \(\mathbb{Z}^+\) なので引き算でなく割り算を使うが。

まとめ: 多項式環の乗法を導く余代数は次数を表すモノイドが半順序集合だったところからもたらされた。 隣接代数と多項式環はいとこみたいな存在だった。