2023年6月28日水曜日

多項式の掛け算の回りくどい定義

多項式の定義にはいくつか方法があるが、今回は「多項式は自然数から係数環への関数」というタイプの定義を扱う。

この前、Gilmer の Commutative Semigroup Rings を読み返していて、半群環の定義に差し掛かった。

R is an associative ring and that (S, *) is a semigroup. Let T be the set of functions f from S into R that are finitely nonzero, with addition and multiplication defined in T as follows. \[(f+g)(s) = f(s) + g(s)\] \[(fg)(s) = \sum_{t*u=s}f(t)g(u)\] where the symbol \(\sum_{t*u=s}\) indicates that the sum is taken over all pairs (t, u) of elements of S such that t*u=s.

S を自然数の加法モノイドだと見れば多項式環の定義になる。

そこでふと思ったのは、この \(\sum_{t*u=s}\) の辺りは余乗法(comultiplication)なのでは、ということである。 群環を Hopf 代数と考えるときの余乗法は \(\Delta(g)=g\otimes g\) というタイプのものなので、それとは異なる何かということになる。 S が基底になるような線型空間 V に、余乗法を \(\Delta(s)=\sum_{t*u=s}t\otimes u\) から定める。 余単位 \(\epsilon\) は S の単位元だけ 1 に写して、ほかは 0 になるクロネッカーのデルタを使う。 これで余結合律や余単位律が成り立って V が余代数になる。 (S が半群という仮定だと単位元の存在が保証されないから、モノイドでないと通らない。 また、余代数は線型空間に余乗法を入れたものなので、係数が体になってしまった。 ここは多分言葉の問題で、環を係数にしても話は同じに進行すると思う。)

今度はこれを多項式の乗法の定義に戻していきたいのだが、いったん整理しよう。 \(\mathbb{N}\) を自然数の加法モノイドとして、\(K\) を体とする。 \(K\) 上 \(\mathbb{N}\) を基底とする線形空間を \(V\) とする。 余乗法 \(\Delta\) を \(s \in \mathbb{N}\) に対し \(\Delta(s) = \sum_{t+u=s} t\otimes u\) とし、あとは線型に延長する。 余単位 \(\epsilon = \delta_{0,s}\) も同様。 これで \(V\) は余代数になった。 \(T\) を \(V\) から \(K\) への線型写像の集合とする。 つまり、\(V\) の双対空間を考える。 \(T\) に乗法を次のように定める。 \[fg = m_K \circ (f\otimes g) \circ \Delta\] ただし \(m_K: K\otimes K\rightarrow K\) は \(K\) の積。つまり \[(fg)(s) = m_K \circ (f\otimes g) (\sum_{t+u=s} t\otimes u) = m_K(\sum_{t+u=s} f(t)\otimes g(u))= \sum_{t+u=s} f(t) g(u)\] これが結合律を満たすのは \(\Delta\) の余結合律から示せるはず。 これでできあがったようだが、\(T\) は冪級数環になってしまうので、有限の台をもつ関数だけの部分環を考えて、ようやく多項式の乗法が定義できたことになる。

まとめ: 多項式の掛け算を、余代数の余乗法から双対空間の乗法を定義する一般論(?)に乗せることができた。