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写真を Mac で見るまでの共有の設定が難しかった

前回の続きで、DC-G100D から写真を Mac に持ってくる方法の話。

SD カードを読めばいいと思っていたのだが、

ということで、他の方法が必要だった。 Wifi が使えるとは書いてあったので、設定を探す。 説明書には(かいつまむと)共有用のフォルダを作って共有用の設定をする、とあるのだが、それはつまりどういうことなのだ? しばらくネットをさまよって、価格.com のクチコミにたどり着いた。別の機種の10年前のものだけど、本質は同じはず。 フォルダの情報から共有フォルダにチェックを入れるのはさすがに解っていたが、システム設定の共有からも SMB 接続許可設定がいるし、wifi の詳細から WINS という項目に NetBIOS 名を設定する必要もあった。

これでいざ、と設定を始めたがパスワードが打てない。ユーザー名に空白があっちゃダメとは書いてあったが、パスワードも似たような制約があるらしい。 仕方なく共有用のアカウントを作成して、簡単なパスワードを設定して…今度は Mac 側のフォルダ設定でこのアカウント追加が終わらず、接続中という謎の状態のままになってしまったので渋々再起動を掛けて。 実際は多分共有の SMB 接続許可設定にあるこのユーザーのチェックが抜けていたのがいけなかった。

最後に、実際に共有すると、共有フォルダ内にできるファイルの所有権が共有用アカウントのものになってしまうので、 sudo chown とか通常の管理コマンドを駆使して自分の所有物にする。

二日がかりでようやく Mac で写真を見られる状態に持って行けた。 価格.com のクチコミがなかったらどうなっていたことか。

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