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Aurifeuillian 因数分解

ちょっと特殊な因数分解の話。 知っている人にとっては何ら目新しい話ではないのだが、日本語の情報をほとんど見掛けないので書いてみる。

たとえば、こういうぱっと見には不思議な因数分解である: \[16385 = 2^{14}+1 = (2^7-2^4+1)(2^7+2^4+1) = 113 \times 145\] Aurifeuille (1)という19世紀フランスの数学者が最初にこの手の因数分解に言及したとされることから名前がつけられているらしい。 ちなみにこうして分解されるときの小さい方の因子を L、大きい方を M と呼ぶ慣習がある。

因数分解できると言われてみれば確かに、\(2^7+1\) を2乗して、左辺と比べて過剰になった \(2\times 2^7 = 2^8\) を引くと、ちょうどうまく平方の差の形になって、和と差の積に分解できる。 また、簡単な一般化として、\(2^7\) の代わりに \(2^{2k-1}\) つまり \(2\) の奇数乗を使っても同じような因数分解が得られるのも見て取れるだろう。 さらに言えば、\(2 n^2\) を使っても、同じような因数分解が得られる(3)。

それを踏まえて振り返ってみると、左辺は実は \(X^2+1\) という多項式に \(2^7\) を代入していたのだ。 この多項式 \(X^2+1\) は4次円分多項式 \(\Phi_4(X)\) と呼ばれている。

円分多項式はこのブログ頻出だが一応おさらいしておく。 \(1\) の原始 \(d\) 乗根全てを根に持つ多項式を \(d\)次円分多項式といい \(\Phi_d\) と書く。 だからたとえば、上の4次円分多項式 \(\Phi_d(X)\) は \(1\) の原始4乗根すなわち虚数単位 \(i\) とその共役 \(-i\) が根である。 式で書けば \(1\) の原始 \(d\) 乗根の一つを \(\zeta_d\) として \[\Phi_d(X) = \prod (X - \zeta_d^k)\] である、ただし \(k\) は \(d\) 以下の \(d\) と互いに素な自然数を走る。

話を戻すと、Aurifeuillian 因数分解と呼ばれるものは、円分多項式に特別な数を代入したときに現れる因数分解なのである。 今後代入される数は \(a\) と書くことにする。 有理数に拡張することもできるのだが、ひとまず整数だとしておく。 どんな \(d\) に対しどんな \(a\) を代入すれば因数分解できるのだろう。

要点はこうである。 有理数体に \(1\) の原始 \(d\) 乗根 \(\zeta_d\) を添加した体 \(\mathbb{Q}[\zeta_d]\) において、 \(a\zeta_d = \beta^2\) となる \(\beta\) が存在したとする。 この仮定の下で \(\Phi_d(a)\) を計算する。 \[\Phi_d(a) = \prod(a - \zeta_d^k) = N(a - \zeta_d)\] ここで \(N\) は \(\mathbb{Q}[\zeta_d]\) の絶対ノルムすなわち共役の積。 \(\zeta_d\) の共役たちがちょうど \(\zeta_d^k\) たちなので、二つめの等号が成り立っている。 さらに \(\zeta_d\) は単数だから \(N(\zeta_d) \in \{1, -1\}\) であり、ノルムが乗法的なのと合わせて、 \[N(a - \zeta_d) = \epsilon N(a\zeta_d - \zeta_d^2) = \epsilon N(\beta^2 - \zeta_d^2) = \epsilon N(\beta + \zeta_d) N(\beta - \zeta_d)\] と因数分解できることになる。ただし正負どちらかの符号となる \(N(\zeta_d)\) を \(\epsilon\) と書いた。

この \(a\zeta_d = \beta^2\) となる \(\beta\) が存在する条件を考えるのだが、 \(\zeta_d\) を掛けて平方数になるかどうかという判断なので、 \(a\) に関する条件が判れば \(a n^2\) に関する条件はそこから導ける。

\(a\) の平方因子をもたない部分 \(a^*\) について、次が必要十分条件であることが知られている。

\(a^*\) が \(d\) を割り切り、かつ次のいずれかを満たす:

  • \(a^* \equiv 1 \pmod{4}\) かつ \(d\) が奇数
  • \(a^* \equiv 3 \pmod{4}\) かつ \(d\) が \(2\) でちょうど1回割り切れる
  • \(a^*\) が偶数でかつ \(d\) が \(2\) でちょうど2回割り切れる

一番下の条件が最初に出した \(\Phi_4\) の例なので、 一番上の条件を別の例として見てみよう。 \(a^*\) として最小の \(5\) を採ると、\(a^*\) が \(d\) を割り切らなければならないかつ \(d\) は奇数なので、最小は \(d=5\) である。 つまり \(\Phi_5(5)\) が因数分解できる。 \[\Phi_5(5) = 5^4 + 5^3 + 5^2 + 5 + 1 = 781 = 11\times 71 = (41-30)(41+30)\] と具体的な数では分解できることが確かめられる。 \(41\) を5進数だと思って表すと \(5^2+3\cdot 5 + 1\)。 \(30\) は \(5^2 + 5\) だが、\(5\) で括って \(5(5 + 1)\) とも書ける。 ここから括り出した \(5\) 以外の \(5\) を \(X\) に置き換えて、 \(30^2\) を二通りの \(30\) の表し方の積とすれば一般に \[\Phi_5(X) = (X^2+3X+1)^2 - 5X(X+1)^2\] とも書けることがわかる。 こうすると、\(X\) が \(5 n^2\) の形なら因数分解できることがよりはっきりと見て取れる。 円分多項式をこのように \(F(X)^2 - kX^qG(X)^2\) の形に表したものを Aurifeuillian 恒等式とも呼ぶ。

具体的な因数分解の様子は参考文献の Prime Wiki が詳しい。

  1. 読み方はおそらく Aurifeuille はオリフュイユ、形容詞形の Aurifeuillian はオーリフュリアン(←英語風。または仏語風にオリフュイヤン?)(2)。
  2. 形容詞形は Aurifeuillean とも書く。
  3. Euler が Goldbach に宛てた手紙の中でこの形に一般化された因数分解に言及していたようだ。Aurifeuille より歴史的には古い。

参考文献

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