スキップしてメイン コンテンツに移動

接続行列

昔書いた論文 (末尾参照) の前半部分は何だか無駄が多かったような気がふいに湧いてきました。

無向グラフの接続行列を考えます。 辺 \(e_j\) が頂点 \(v_{i}\) と \(v_{i'}\) に接続しているとき、\(i,j\) 成分と \(i',j\) 成分に \(1\) が入り、 \(j\) 列目の残りの成分は \(0\) となるような行列です。

接続行列の核、つまりこの接続行列を(\(\mathbb{Q}\) 上)線型写像だと思った時の核は、長さが偶数の閉じた道に対応します。 ここでいう「道」は、同じ頂点や辺を通ってもいいけど同一の辺への折り返しは無し、です。 なぜそうなるかは、核が「辺に数を割り当てたときに接続する各頂点上で和が 0 になるものを集めたもの」だからです。 たとえば長さが偶数しか出てこないのは正と負がバランスするためだし、折り返しができないのは折り返しの前後の同じ辺に正と負を同時には割り振れないからです。

というようなことが、グラフ理論の本にはなかなか出てこないような気がして一応書いています(もちろん知られている議論です)。 \(\mathbb{F}_2\) 上での核がサイクルに対応します、みたいな命題は見ますが。

次に、ハイパーグラフで同じように考えます。 接続行列・頂点・辺という用語をそのまま流用します。 ハイパーグラフの接続行列とは、辺 \(e_j\) が頂点 \(v_{i_0}, \ldots, v_{i_k}\) に接続しているとき、\(i_0,j\) 成分, \(\ldots\), \(i_k,j\) 成分に \(1\) が入り、 \(j\) 列目の残りの成分は \(0\) となるような行列です。

考えたいハイパーグラフは、無向グラフの共通頂点を持たない奇サイクル二つを合わせたものを一つの辺として追加したようなものです。 この辺に \(2\) を割り当てて、元にした奇サイクル上の辺にそれぞれ \(-1\) を割り当てるとハイパーグラフの接続行列の核に入ります。 いわばこの関係が追加する辺の定義です。 他にも追加した辺に関わる関係式が「接続行列の核を計算するだけで」手に入ります。 グラフに対する閉じた道のような一言で説明できる何かに対応しているわけではないですが、議論は完全に同じように進みます。

論文ではこういう方法を採らずに多項式の用語で、生成系に入る二項式の形を挙げていってこれで十分、みたいなことをやっていました。

Matsui, T. "Ehrhart Series for Connected Simple Graphs" Graphs and Combinatorics (2013) 29: 617. https://doi.org/10.1007/s00373-011-1126-y

このブログの人気の投稿

「函数」音訳説について探してみる

Twitter に書こうかと思ったが、ちょっと長くなるのでこっちに書くことにする。 「函数」が音訳というデマと、本当の語源 というブログ記事について ツイートされてるの を見た。 詳しい内容はリンクを辿って読んでみて欲しい。 その記事中の「函数」音訳説という部分で、引用されているものが意外と新しい1980年代以降のものなので、さすがにもっと古いだろう、と探してみた。 1. 武部良明「漢字の用法」(1976) このほか武部良明『漢字の用法』(角川書店1976)にも同様の記述があるという(未確認)。 とあって、たまたま同書(三版)を持っているので調べてみた。 「関数」ではなく「関・函」の項にあった。 「函」は「いれる」意味。 したがって、「函数」という漢字の組み合わせからは、「対応して定まる数」という意味は出てこない。 「函数」については function という原語の音 fun を、「函」の音カン(現代中国語 han)で写したものとされている。 これに対し現代表記の「関数」は、全体の意味を「かかりあう数」と考え、「函」の部分を、同音で「かかりあう」意味の「関」に書き換えたものである。 2. 遠山啓「関数を考える」(1972) 近所の図書館で見つけた。 会話体の文章の中で、先生役が言っている。 はっきりはわからないが, 中国語の発音では function と似ていて, しかも意味も近いらしいのだ. 3. 遠山啓「数学は変貌する」(1971) 2012年にちくま学芸文庫から出た「現代数学入門」所収。 「関数を考える」が中学生ぐらいを対象にしたシリーズの一冊なので、そこでいきなり初披露ということは無いだろうと見当をつけて遡って探した。 機能とは簡単にいうと働きです。 ライプニッツが初めてファンクションという言葉を使った. ライプニッツはドイツ人ですが, ドイツ語は当時はいなかの言葉みたいで, フランスが文化の中心であったから, フランス語で書いてありますので, フォンクション (fonction) です. もとは日本では「函数」, あとになって「関数」と改めたのです. なぜこんな函の数という妙な言葉を使ったか, これは中国からきた字です. 中国人は各国語を音まで似せて訳すことがうまい. フォンクションは中国語で函数を中国読みしますと非常に似ているのだそ...

2025年の読書

読書メーターの記録 によるとマンガも入れて101冊。 久しぶりに年100冊に乗った。 前年からの勢いのままに菌類関係の本をいくつか読んだが深澤遊の「キノコとカビの生態学」「枯木ワンダーランド」は面白かった。 後半はファーブル昆虫記を読破した。岩波文庫の古い訳で読んだのが良かったのか良くなかったのか。 数学関係は、前半表現論の本を読んで表現とは加群のことであるという言葉で何だかすっきりした。 年の終わり近くはラングランズ予想というか楕円曲線と保型形式とガロワ表現とみたいな内容の本をいくつか。「ラングランズ予想」というそのものズバリなタイトルの本も出たのでその内読みたい。 マンガは、「ヴィンランド・サガ」も「アルテ」も「推しが武道館に行ってくれたら死ぬ」も完結して、読み続けるタイトルが少なくなってきた。

「函数」音訳説について探してみる (まとめ)

これは 「函数」音訳説について探してみる 「函数」音訳説について探してみる (辞書編) の続きになるので、まずはそちらを読んでもらえると解りやすいと思う。 ざっくり言うと、函数は function の中国における音訳、という俗説( 「函数」が音訳というデマと、本当の語源 参照)の起源を求めて、できるだけ古い言及を探そうというクエストの記録。 先に結論から言うと、遠山啓「キュート数学I」(1967)ついで「角川新字源」(1968)という1960年代末発行の二つが見つかった。 遠山啓 既に「関数を考える」(1972)と「数学は変貌する」(1971)は見つけていたが、さらに古いものが見つかった。 「キュート数学I」(1967)だ。 元は三省堂から出版されたもののよう(実物は見ていない)だが、二度形態を変えて再度刊行されている。 一つめが太郎次郎社の遠山啓著作集シリーズの「数学教育論11 数楽への招待I」(1981)、 もう一つがソフトバンククリエイティブの「基礎からわかる数学入門」(2013)だ。 先生●それには歴史的な事情があるのだ. ヨーロッパの数学が中国に伝えられたとき, function は「函数」と訳された. 中国語ではやはり function の意味をもっているが, 同時に音も似ているらしい. それがそのまま日本に伝えられ, 「函数」となり, 「函」が当用漢字にないので, それがさらに「関数」になったわけだ. 引用は「基礎からわかる数学入門」によるが、「数楽への招待I」でも約物の違いぐらいで内容は変わらない。 角川新字源 既に辞書編で書いたように、新字源は1968年の初版から音訳説を採っていると思われる。 若干の歯切れの悪さは、Google Books にある1978年発行のもののスキャンより古い時代のものを当たった訳ではないので、 細かい修正の一部として書き直された可能性が捨てきれないことによる。 (スキャンでない現物は近所の古本屋で1989年発行のものだけは見ることができ、1978年のものと同じ文言だった。) その他 「広辞苑」は辞書編で第五版(1999)まで遡ったが、その後第四版(1991)も「函数」の項で音訳説を紹介しつつ「関数」に飛ばす、という同じ内容であることを確認した。 期待して第三版(1983)を調べたら、こちらは音訳説無し...