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ピュタゴラス学派の失敗

ピュタゴラス学派は万物は数(整数またはその比)であるという思想を持っていた。 ところが、あるとき正方形の対角線に無理数(\(\sqrt{2}\))を見出してしまい、その発見者は海に沈められたとか何とか。 要するに万物は数「ではなかった」という結論を出してしまったので、ここではそれをピュタゴラス学派の失敗と呼ぶことにする。 もちろん、後世に与えた影響という意味ではこのピュタゴラスの定理はポジティブな評価を受けこそすれ失敗なんかではないと思われるわけではあるが。

さて、ピュタゴラス学派の失敗は、どこで道を踏み外したものだったのだろうか。 直接的にはピュタゴラスの定理を発見してしまったことにあるわけだが、もう少し深く考えたい。 離散的世界では幾何学が何かもっと別のものにならなければおかしいのではないだろうか。

離散的世界のモデルとして、世界は砂場の砂だと考えてみよう。 点は砂粒である。 直線が既に引ける気がしないが、とりあえず砂粒の間には「隣り合う」という関係があるとしよう。 そして任意に選んだ二粒の間を結ぶ最も少ない回数の隣り合う関係をその二点間の距離と考える。 距離の公理ぐらいは満たすと思おう(「隣り合う」の定義が曖昧なので何とも言えないが)。 距離を与える経路を直線ということにする(多分複数本引ける)。

と、こんな具合にユークリッド幾何学(はピュタゴラスの後の話ではあるが)とは違う世界で物事を考えないといけなかったのではないかと思うわけである。 こうすると三角形をどう考えても(直角三角形を考えるための「直角」をどう定義するか解らないが)斜辺の長さも常に整数なので、無理数なんか出現しない。 じゃあピュタゴラスの定理とは何を意味するのか? それは近似である。 平均的挙動である。 言い方を変えると極限である。 三角形を大きくしていくと比が収束していく先の話である。 常に極限を考えていれば、世界はのっぺりとした連続的なものに見えて、そこにユークリッド幾何学が現れる(ような設定も可能だろう)。

結局のところ、「万物は数」と離散的な世界観に基づいて考えたはずだったのに、 任意の二点間に一本の直線が引けるというような連続的空間の把握を重ねたのがそもそも間違いだったのではなかったか、と思うわけである。

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