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たとえ話

最近、YouTube で何の動画を見たからなのか、高校数学と大学数学のギャップについて語っている動画をおすすめされることがある。 何本か見てみたが、高校まで数学が好きでそのまま大学の数学科に進むと、思っていたのと違うというような経験をするものらしい。 私自身はそういうタイプではなかったので、こういうことなんじゃないの、と傍観者的に思ったことを書いてみたい。 数学をサッカーにたとえてみると、ボールに親しもうという子供時代から少しずつ難しい技術を覚えて、 高校ではミニゲームが主な練習になっている、というような成長段階なんだと思う。 そして高校数学が好きというタイプはそのミニゲームで得点を取るのが上手な子だったりするのだろう。 大学の数学で、初めてフルコートでサッカーをする感じになる。 そのためにもう一回ルールをおさらいして、フルコートを走り回れる体力を付け、ロングボールを蹴れるようになるといった今まで必要なかった能力も要求され、フリーキックに対し壁を作るといった新しいテクニックを身につける必要が出てくる。 そして、FW・MF・DF といったポジションごとに違った思考をするようになる。 たとえが先行しすぎて数学の話に聞こえなくなってきたかもしれないが、論理や集合論といった基本を復習して、長い証明を読み書きする力を身に付け、分野を横断するような発想を理解するように要求され、今まで使わなかったような語彙を習得しないといけない、というようなことだ。 そして、解析・幾何・代数といった分野ごとに特有のスタイルを知っていくことになる。 要するに、高校数学が数学だと思っていたら大学数学にギャップを感じるというのは、ミニゲームがサッカーだと思っていたらフルコートに面食らうだろう、というぐらい当然な現象なのだ。 そして大学で勉強する数学もフルコートで行うとは言え所詮練習に過ぎず、本当に試合をするのは研究と名前が変わってからだと言って良いだろう。 教授達は試合をするプロのプレイヤーなのだが、試合の様子をなかなか覗くことができないのがちょっとイメージしづらくさせている部分かと思う。 とりあえず適当なノンフィクション的なものなんかを読んでみて世界観を漠然とでも掴んでから数学を志した方がいいのかも。 ミニゲームでの巧さはそれなりのセンスを意味するだろうから恐れずに進んでいって欲しいとは思...

プロサイドという会社が昔あった

TL;DR: 今はもう廃業しているらしい。 プロサイドという会社は、伝説的な会社ソードを作った椎名堯慶(たかよし)氏が創業した会社で、PC/AT 互換機やサーバー機器を主に扱っていた。 ちなみにソードはソフトとハードを合わせた造語、と初めて聞いたときに感心したら、それを教えてくれた人に鼻で笑われた。 その人は確かプロサイドの社員で、私はアルバイトだった。 前世紀の末のころだ。 Wikipedia によると、プロサイド社は 現在はPC/AT互換機などの製品保守・保証サービス部門を株式会社HITとの合併会社であるHPCシステムズへ移管し、通信事業やコンサルタント事業を行っている。 とのことであるが、このページの会社サイトへのリンクは切れている。 事業移管先である HPCシステムズ のマザーズ上場時の 報告書 にある沿革によれば、この移管が行われたのは2006年9月のことであった。 ちなみに現在の社長やCTOもプロサイド出身者である。 調べてみると、マウスコンピュータなどを子会社にもつ MCJ 傘下に入る話があったのが同じ2006年だったので、事業整理をしたい時期だったのだろう。 MCJ、プロサイドを子会社化 (2006-04-06) MCJ社長にプロサイド椎名氏 (2006-07-05) MCJ、プロサイドの子会社化を中止 (2006-12-01) その後の動向は全然見えなくなる。 辛うじてヒットしたのはこれだけ。 プロサイド、SaaS型プロジェクト管理システムの新バージョンを発表 (2007-09-12) プロサイドではなく社長の名前で検索してみたら Facebook に行き着いた。 そこにはこうあった。 Proside had closed business at march on 2010

植木算?

英語で(イギリス英語でかな)階数の数え方は日本語の1階が ground floor、2階が first floor、以下同様に直訳すると1階ずつずれた感じがする。 最初に聞いたときはおかしな数え方だと思ったが、 「0 は自然数」派として今やイギリス人がうらやましくすら感じる。 地下は地下1階から数えるので、日本語には0階は存在しない。 地下\(n\)階を\(-n\)階と感覚的には置き換えて計算したいが、普通の整数として計算できない。 イギリス人がさらにうらやましくなる。 同様の関係は西暦1年と紀元前1年にも現れる。 洋の東西を問わず、というかこれはヨーロッパのものだ。 今回はこういうのを無理矢理解釈してみたい。 1 と -1 が隣り合わせに並ぶ現象がなぜ発生するのか、だ。 実際のところ、マイナスだと思うからおかしく見えるだけだ。 地上1階と地下1階は別々のものをそれぞれ1から数えている。 西暦1年と紀元前1年は別々のものをそれぞれ1から数えている。 隣接はしていても連続はしていないのだ。 一体の整数という描像が後からの押しつけなのだ。 そうは言ってもどこかに 0 を見出したい。 一体の整数という描像からどうにか理解したい、という気持ちも無視できない。 そして実際可能である。 0 は -1 と 1 の間にある。 ただし質の違うものとして。 紀元前1年と西暦1年との間には年の変わる瞬間がある。 そこが 0 である。 年ではなく年の変わる瞬間の列に一体の整数を見出すことができる。 同じように階の変わる高さの列を地面を出発点として一体の整数とみれば、 その間に地上と地下の階がある。 言うなれば植木算である。 年の変わる瞬間が5回あったら、その間は何年間ですか? というような。 余談: 今回は割と 1 から自然数を始める気持ちに寄り添って説明してみたけど、やっぱり面倒くさいので新しく暦を始めるときは 0 年始まりにして計算しやすくしてください。 たとえば1970年をUNIX暦0年とするのは賛同してくれる人が多いかと期待している。

lsp-mode と python-language-server と pipx

長く Emacs でプログラムを書いている。 最近は(?)時代遅れ扱いされがちな Emacs ではあるが、特に乗り換えたいというほどのものがなく、何となく使い続けている。 他の環境で使えるようになった良さげな機能があって食指が動いても、それ Emacs でもできるよ、と言われると、じゃあいいかとなる。 今回、導入してみたいのは python-language-server である。 LSP (language server protocol) 自体は、VS Code のためにか何か Microsoft が作ったものだそうだが、 プロトコルの規定なので結局それを Emacs だったり Vim だったりから使えるようにする人が現れて、事実上の標準になっている。 昔何か別のコード補完のパッケージを Emacs に入れたときは重すぎて使い物にならず、 いままで dabbrev 以外の補完は使ってこなかったのだが、これはどうだろうか。 導入に際して引っかかるのは、python-language-server のインストール先である。 だいたい、Python のプロジェクトは、少し前まで Python 2 と 3 を使うものが混在していたために必要に迫られて、 pipenv で環境を切り分けて依存から何から別々に持つ、という方針で扱ってきたので、 その方針でいくとプロジェクトごとかもしれない、と最初は考えた。 しかし、Emacs でこれを使う lsp-mode の設定はパスを一つ指定する必要があるようだ。 どうしよう、と、ここで1ヶ月は放置していたと思う。 そんなある日 pipx というものを知った。 Python で書いたコマンドを隔離した環境にインストールするという。 要するに1つのコマンド用に venv を切ってインストールしてパスを通す、みたいなことをコマンド一発でやってくれるというわけだ。 これだわ。 ということで、インストール方法は pipx をインストールする。たとえば mac なら brew install pipx でいける。 pipx install python-language-server Emacs に lsp-mode を入れる。普通に package-list-packages から選択。 .emacs ...

2020年の読書

昨年の読書を振り返る。 2020年は通勤という読書時間がなくなったので、前年よりさらに読書冊数が減少した。 読書メーターの記録 に依ればマンガも入れて100冊ぐらい。 以下、印象に残ったものをピックアップして紹介する。 新しく内田洋子という作家を知った。 立て続けに3冊読んだのが記憶にも残っている。 「 イタリアからイタリアへ 」「 モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語 」「 もうひとつのモンテレッジォの物語 」 題材はどれもイタリア。 科学的な本では、チャールズ・コケル「 生命進化の物理法則 」とスコット・アーロンソン「 デモクリトスと量子計算 」が印象に残った。 前者は、物理法則に従って最適な生命形態を探すと今ある生物の作りに落ち着くだろう、という主張が意外だった。 後者は、タイトルの訳が不思議な感じ("since Democritus" がなぜ"デモクリトスと"になるのやら)だが、計算量理論と物理学が量子力学を接点として繋がってくるわくわくする世界。 マンガは基本的に以前から読んでいる続き物を追っているだけだが、2020年は数年溜まっていた「OL進化論」がまとめて出たので5冊も読んだ。 ※本のリンクはamazonアフィリエイトです。